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モンゴル中央部を流れるオルホン川。その周辺に広がる広大な草原には、古代から続く遊牧文化と、テュルク系民族やウイグル、モンゴル帝国などの歴史を伝える遺跡が残されています。
オルホン渓谷文化的景観は、こうした自然と人々の暮らし、歴代の政治・交易・宗教文化が一体となった文化的景観として、2004年にユネスコ世界遺産へ登録されました。登録範囲は約12万1,967ヘクタールに及びます。
名称:オルホン渓谷文化的景観(Orkhon Valley Cultural Landscape)
国:モンゴル
所在地:モンゴル中央部・オルホン川流域
登録年:2004年
分類:文化遺産・文化的景観
登録基準:(ii)(iii)(iv)
面積:約121,967ha
緩衝地帯:約61,044ha
主な遺跡:カラコルム、ハル・バルガス、テュルク系記念遺跡、エルデニ・ゾー、トゥブフン修道院など
特徴:遊牧文化と歴代帝国の政治・交易・宗教文化が残る歴史的景観
現在の景観:モンゴルの遊牧民による牧畜が続く草原
オルホン渓谷の最大の特徴は、広大な草原そのものと、そこに残る歴史遺産が一体となっていることです。
オルホン川流域は、古くからさまざまな遊牧民族が活動した場所。
ユネスコによれば、先史時代から人々が暮らし、フン族、テュルク系民族、ウイグル、契丹、モンゴルなどが相次いでこの地域を利用してきました。
単なる遺跡の集合ではなく、草原を舞台に人々が移動し、暮らし、交易し、国家を築いてきた歴史そのものが世界遺産として評価されています。
オルホン渓谷を語るうえで欠かせないのが、**カラコルム(ハルホリン)**です。
チンギス・ハーンは1220年、この地にカラコルムを築くことを決めました。その後、オゴデイ・ハーンの時代に都市建設が進み、1235年にはモンゴル帝国の首都として整備されました。
カラコルムは行政だけでなく、交易や文化の中心としても発展。
東西を結ぶユーラシアの広大なネットワークの中で、多様な文化が交わる都市となりました。
オルホン渓谷には、モンゴル帝国より前の歴史を伝える遺跡もあります。
その代表が、8〜9世紀のウイグル帝国の首都ハル・バルガス。
広大な草原の中に都市遺跡が残り、この地域がモンゴル帝国以前から政治や文化の重要拠点だったことを伝えています。
オルホン渓谷には、6〜7世紀のテュルク系民族の記念遺跡も残されています。
これらの遺跡は、モンゴル帝国よりさらに古い中央アジアの遊牧国家の歴史を伝える重要な存在です。
そのためオルホン渓谷では、一つの帝国だけではなく、何世紀にもわたる遊牧文明の変遷をたどることができます。
オルホン渓谷には、遊牧帝国の遺跡だけではありません。
エルデニ・ゾーは、現存するモンゴル最古級の仏教寺院として知られ、モンゴルにおける仏教文化の歴史を伝える重要な構成要素です。
さらにトゥブフン修道院なども含まれ、遊牧文化だけでなく、この地域で発展した宗教文化の歴史も見ることができます。
オルホン渓谷は、ユーラシア大陸の東西を結ぶ広大な草原ルートの中でも重要な場所でした。
遊牧国家が発展すると、行政、軍事、商業、宗教などの大規模な中心地が形成され、東西双方からさまざまな文化的影響が流入しました。
ユネスコは、この地域について、遊牧文化が広範な交易ネットワークを生み、アジアからヨーロッパにまで影響を及ぼした文化交流の場だったことを評価しています。
オルホン渓谷の魅力は、過去の遺跡だけではありません。
世界遺産に登録された草原では、現在もモンゴルの遊牧民による牧畜が行われています。
季節に合わせて家畜を移動させながら草原を利用する伝統的な生活が続いており、古代から続く土地利用と現代の暮らしが共存しています。
オルホン渓谷が興味深いのは、「遺跡」だけを評価した世界遺産ではない点です。
ここでは、
といった要素が一つの歴史的景観を形成しています。
つまり、自然環境と人間の営みが長い時間をかけて作り上げた景観そのものが評価されているのです。
オルホン渓谷文化的景観は、モンゴル中央部のオルホン川流域に広がる世界遺産です。
6〜7世紀のテュルク系記念遺跡、8〜9世紀のウイグル帝国の首都ハル・バルガス、13〜14世紀のモンゴル帝国の首都カラコルム、そしてエルデニ・ゾーなど、数百年どころか何千年にもわたる中央アジアの歴史が一つの大草原に刻まれています。
そして現在も、草原では遊牧民による牧畜が続いています。
古代の帝国と現代の遊牧文化が同じ大地に息づく、モンゴルを代表する歴史的文化景観。
それがオルホン渓谷です。