
目次
玉取祭は、福岡市東区の筥崎宮で毎年1月3日に行われる伝統神事です。
別名「玉せせり」と呼ばれ、約500年前の室町時代に始まったとされる、全国的にも知られた勇壮な祭りです。([turn0search10]turn0search0)
祭りでは、祓い清められた木製の陽玉を「競り子」と呼ばれる男たちが激しく奪い合い、勢い水を浴びながら約200〜250m先の筥崎宮本宮へと運びます。([turn0search1]turn0search10)
巨大な木玉をめぐって男たちがぶつかり合う、迫力満点の伝統行事です。
開催日:毎年1月3日
開催地:福岡県福岡市東区・筥崎宮
別名:玉せせり
種類:伝統神事・正月行事
見どころ:木玉の争奪戦、勢い水、競り子たちの激しい競り合い
主役:重さ約8kgの木製の陽玉
競技区間:約200m
特徴:陸側と浜側に分かれて玉を奪い合う
ご利益:悪事災難を逃れ、幸運を授かるとされる
年占い:陸側なら豊作、浜側なら豊漁と伝えられる ([turn0search1]turn0search7)
玉取祭最大の魅力は、一つの木玉を大勢の男たちが激しく奪い合うことです。
陽玉が競り子たちに渡されると、玉を頭上に掲げたり抱え込んだりしながら、次々と別の競り子へと玉が移っていきます。
勢い水を浴びながら繰り広げられる激しい争奪戦は、一般的な祭りとは一味違う迫力があります。
争奪戦の中心となる陽玉は、直径約28cm、重さ約8kgほどの木製の玉です。([turn0search5]turn0search8)
この玉に触れると、悪事災難を逃れ、幸運を授かると伝えられています。
そのため競り子たちは、玉を少しでも長く確保しようと激しく競り合います。
玉せせりを象徴するのが、競り子たちに浴びせられる大量の水です。
冷たい水を浴びながら、男たちが玉を奪い合って本宮へ向かって進みます。
水しぶき、掛け声、群衆の熱気が重なり、真冬とは思えないほどの迫力ある光景になります。
玉せせりは、最初に子どもたちによる競り合いが行われ、その後に大人たちの激しい争奪戦へと移ります。([turn0search1]turn0search3)
陽玉は玉取恵比須神社から出発し、競り子たちの手を渡りながら筥崎宮の楼門を目指します。
最後に玉が楼門で待つ神職へ渡されると、神事は終わりを迎えます。
玉取祭には、単なる玉の奪い合いだけではなく、一年の吉凶を占う意味もあります。
競り子は「陸側」と「浜側」に分かれて争います。
陸側から玉が上がれば豊作、浜側から玉が上がれば豊漁になると伝えられています。([turn0search10]turn0search7)
玉の行方が、その年の農業や漁業の吉凶を占う重要な意味を持っているのです。
午後1時ごろ、筥崎宮で玉洗式が行われます。
陰陽2つの木玉が祓い清められ、その後、約250m東にある末社・玉取恵比須神社へ運ばれます。
そこで祭典が行われた後、陽玉が競り子たちに渡され、いよいよ玉せせりが始まります。([turn0search10])
玉取祭は、起源そのものは明確ではありませんが、室町時代に始まったとされる約500年の歴史を持つ行事です。([turn0search0]turn0search10)
江戸時代の『筑前国続風土記』にも玉取祭の記録が残されており、長い年月を経ながら現在まで伝えられてきました。([turn0search3]turn0search9)
「玉せせり」という呼び名の「せせり」には、触れる、競うといった意味があります。([turn0search22])
一つの玉をめぐって競り子たちが何度も触れ、奪い合いながら本宮を目指す姿からも、その名前の意味を感じることができます。
玉取祭は、福岡市の筥崎宮に伝わる、約500年の歴史を持つ伝統神事です。
重さ約8kgの木製の陽玉をめぐり、競り子たちが勢い水を浴びながら激しく争奪戦を繰り広げます。
玉に触れると幸運を授かるとされ、陸側なら豊作、浜側なら豊漁になるという年占いの意味もあります。
水しぶき、男たちの激しい競り合い、そして最後に神前へ納められる一つの木玉――。
勇壮な迫力と古くからの祈りが融合した、福岡を代表する伝統行事です。